読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

春というただの暴力

 思い立って外に出た。夕方の六時前だった。ちょうど私は祖父母と夕飯を食べ終えた後だった。父と母は出掛けていて、今日は帰ってこないと聞いていた。五年前の震災の話をぽつぽつとしていた祖父母から逃げるように「車庫のシャッターを閉めてくる」と言って出てきた。胸のあたりにホットプレートで焼いた焼きそばがまだ留まっていた。私は水も飲まずに口に詰め込んでいた。
 嘘はつかなかった。私は確かに昼間、そのときは出掛けるつもりでいたのでシャッターを開けておいたのだ。結局は身体がいやに重たくて動けないでいたので、シャッターを閉めなければいけないのは本当に本当だった。しかし、家の門を一歩と出ないうちにわかったことは、シャッターは何もなかったかのように閉まっているということだった。少しだけ途方に暮れてから、私は一瞬迷って、家の横の坂を登っていった。
 坂の上には大きな工場がある。踏み出して間もなく、その工場から出てきた車とすれ違った。私はあまり誰にも顔を見られたくなかったので途端に外に出たことを後悔したけれど、覗いた駐車場には車が一台ぽつんとあるだけだった。結局この日、動いている車を見たのはその一台限りだった。
 一分と歩かないうちに、小学校の頭が見えた。私の足は自然とそちらの方へ歩き出していた。最初から目的地はなかったので、おあつらえ向きの場所を見つけたような心地だった。なつかしい、という感情は期待していたほど強くは湧いてこなかった。小学校だ。そう思っただけだった。もう少し歩み寄ると階段があった。一体誰が使っているのだろう、と思うような階段だったが、思いの外ゴミや虫の死骸にまみれてはいなかった。私は階段をゆっくり降りた。坂を登りながら火をつけた煙草の煙をまともに浴びて目が痛かった。JPS。燃えるのがはやいと聞いていたが、私にはまだその実感がなかった。あっさりとした煙草だと感じていた。満腹の身体にうまいこと染み渡ってくれた。
 階段を降りると駐車場に出た。おそらく工場の人が利用する駐車場だとわかった。そうでなければ、まるで意味のない謎の場所だと思った。
 小学校はもうすぐそこだった。目下にプールがあり、ほとんど緑色の水で満たされていた。併設された保育園の遊具も見えた。体育館が見えた。ここで少しだけ感慨深い気持ちになった。体育館に人気がないことを確認して少しほっとした。私はまだ、煙草を吸っていることに罪悪感や後ろめたさのようなものを感じていた。そして、小学校ってこんなに近くにあったんだと思った。小学生の頃、学校まではゆっくりたっぷり十五分ほどかけて近くの子供たちで固まって歩いた。当時の十五分は長かったし、学校は遠かった。今はどうだ。五分もしないうちにすぐそばまで来てしまった。確かにこの先は低い山崖を踏ん張って降らなければいけない道なき道ではあったが、それでも学校にたどり着けないこともない。第一、この道から遠足に行ったような記憶まで蘇ってきて、どうしてこの道を使わせてくれなかったのだと誰でもないが何かに対して不満を感じた。すぐに思い直した。そういうことが許されないときだったのだ。みんなで一緒に歩かなければならなかった。私もそうすること以外の選択肢があるなんて思ってもいなかったのだ。だって、学校に行くための道はたったのひとつだった。寄り道なんかしたらどこにもたどり着けないような気がしていたのだ。一本目の煙草が短くなったので、灰を落としてコンクリートにぐりぐりとこすりつけて丁寧に火種を揉み消した。そして吸殻はこことプールの間の溝に落とした。
 しばらく学校と空を眺めた。空は鈍くて曇りがかった青色だったが、これから夜という暗闇に姿を変えようとは思えないほどあかるい色だった。昼間は確かに晴れていた。ほどなくして、六時のチャイムが鳴り出した。遠き山に日は落ちて。電車の走る音が重なった。あぁ。まるで感慨深い瞬間じゃないかと思った。なつかしいものものに囲まれて、包まれて、その中で私は煙草なんか吹かす大人になっている。そう思うのに、やっぱり期待するほどは何も感じられないのだ。このチャイムが、学校が、より身近だった小学生のころの思い出。楽しかったはずの思い出が、その楽しさがあまりに遠いことであるが故に切なくなる。辛かった思い出も、今となっては微笑ましくもありそれを越えた今の自分を纏っている現在が切ない。思い出を勝手に改変して彩るのはいつだって今の自分でしかないのだと思った。楽しいも悲しいも、その最中にいた頃はもっとフラットだった。楽しいと悲しいでしかなかった。切ないだなんて感情は本来存在しない。遠き山に日は落ちて、星は空を散りばめぬ。私は二本目の煙草に火をつけた。誰か、この光景をこっそりと目撃していてくれないだろうかと思った。私は学校を眺めるのをやめて、緩やかなカーブを描く短い坂を登り始めた。階段を登る気にはなれなかった。
 本当に短い坂道なのに、私はちょうど真ん中あたりで立ち止まってしまった。私は自分が気落ちしてしまっていることに気がついた。その場にしゃがみこんで、煙草を吹かすことだけに集中した。煙草にプリントされたJPSのロゴがやけに綺麗に見えたので何枚か写真も撮ってみたが、焦点が合わずまったく綺麗に撮れなかったのでやめた。そうしているうちに短くなってしまった。煙草そのものが正統派のデザインだと感じた。
 私はどうしてこんなに生きるのが下手なのだろうと思った。そして上手に人と接して好かれて生きている人たちを思い浮かべて疎ましく思った。一晩眠れば消えて無くなるような気分だとは知っていた。けれども、このままでは一生根本的な問題の解決には至らないのだとも分かっていた。こんなところでこそこそと煙草を吸って、誰に言うでも見られているわけでもなく、何も生み出さない時間に身を置いていることを強く自覚していた。きっと私が妬む人たちは、こういう時間を過ごしたことがないのだろうと思った。問題は何一つとして解決しないままだが、何故だか胸はすっと風通しが良くなっており、空はほんの五分前よりもずっと夜だった。二本目の煙草もコンクリートで揉み消してそこらへんに転がした。私は立ち上がって行きよりも大股で歩いて帰った。まるで酔っ払っているような足取りだと思った。煙草のポーチをぶらぶら振り回して、愉快そうに歩いた。つっかけてきたサンダル。足先がうんと冷えた。二〇十六年、三月十二日。私は二十一歳だった。